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しょうねんと子ダヌキ
山のそばを通る川沿いの一本の白い道を子供達が歌いながら歩いていきます。
”ゆうやけこやけのあかとんぼおわれてみたのはいつのひか・・・”
それをいっぴきのこだぬきがちいさなしげみのなかから見ていました。
子だぬきは自転車が好きでした。
スクーターのようにうるさい音も立てないですぅーっとすべるように走っていく自転車を見るのがとても好きだったのです。
ある日子だぬきはお母さんに「向こうの道まで行ってみたい。」と言いだしたので、お母さんはびっくりして何度も反対したのですが、あまり熱心に頼むので、仕方なくいかせてやることにしました。
「だけどその格好で行ったら大変だからね。」
そういってお母さんは萩の花を3本とススキの穂を持ってきてきて、
「わたしもこれはおばあさんから教わったんだけど、もうずいぶん昔のことだからうまく出来るかどうか・・・。でも思い出しながらやってあげるね。」
といい、こだぬきの頭に萩の花をかんざしのように挿してやり、その上をススキの穂で3回円を描くようにして呪文を唱えました。
するとたちまちそこにはかわいい人間の女の子があらわれました。
でもふさふさの尻尾だけは消すことが出来ませんでしたのでお母さんはそれを赤いスカートの中にていねいにおしこんでやりながらいいました。
「いいかい、尻尾はだれにも見せてはいけないよ。それから夕方になって寒くならないうちに帰って来るんだよ。寒くなってくしゃみをすると呪文が解けてしまうからね。」
女の子はいそいで山を降り、あの茂みまできましたが、今日はもっと先まで降りて、とうとう道に出ることが出来ました。女の子は嬉しくて一生懸命歩きました。
歩いている女の子のほうに自転車がやってきて、女の子は立ち止まってそれを見おくりました。こうして何台かの自転車やスクーターを見送り、そのうちようやくあの橋のところまできました。
「どっちに行こうか・・。」そうだ、いまから最初に来た自転車の曲がるほうに行ってみようと思い、橋のところに立ってじっと自転車を待つと、しばらくして遠くのほうできらっと光るものがありました。自転車です。
自転車には女の子と同じくらいの男の子が乗っていました。自転車は女の子のそばをすり抜けて右へ曲がろうとしましたが、そのとたん何に滑ったのかいきなり倒れてしまったのです。
男の子はじっとして動かなかったので、女の子はびっくりしましたが、そっと男のこの方へ近づいて見ました。手と膝がひどくすりむけて血が滲んでいました。
「大変だ。どうしよう・・。」
女の子ははっと思いつき、急いで土手を降りるとふさふさの尻尾を取り出して水を含ませ、急いで男のこのところに戻って先ず手の傷を洗ってやりました。それからもう一度川へ降りて今度は膝の傷を丁寧に洗いました。
そのとき男の子はそおっと目を開け、傷を洗っているものが尻尾だとすぐに気がつきました。
女の子はきれいになった傷を見て安心しましたがふと尻尾を出しっぱなしにしていることに気付いて慌ててスカートの中に隠しました。
男の子は立ち上がって優しい女の子になにかお礼がしたいとおもいました。
そこでポケットからキャラメルを取り出して一緒に食べようと言いました。
そして二人は土手の上にならんですわり、男の子は町で見た面白いものや楽しいことをたくさん話し、女の子はお母さんと食べた木の実の話をしました。
「ゆうやけこやけのあかとんぼ」を歌ってと女の子はいうと、男の子は済んだ声で一生懸命女の子のために歌いました。
”ゆうやけこやけのあかとんぼおわれてみたのはいつのひか・・・”
うたいおわると女の子はお礼を言って「帰らなくちゃ。」といって立ち上がりました。男の子は「自転車で送ってあげる」と言いました。
女の子はどきんとするほど嬉しくなり、少し暗くなった夕暮れの道を男の子の自転車はすべるように走っていきます。
自転車の前には男の子、後ろには赤いスカートの可愛い女の子がすわっていました。
男の子はやさしいこだぬきのこをちゃんとお山に返さなくては・・と思っていました。
自転車は少し冷たくなった風を切ってほんとうに気持ちよくすいすいと走っていきました。
「くしゃん!」男の子がくしゃみをしました。
「くしゅん!」その後ろでくしゃみの音がしました。
自転車の前には男の子、後ろには頭に萩の花を挿したかわいいこだぬきが乗っていました。
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