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びんぼう神とふくの神
むかし、むかしとても働き者の夫婦が住んでいましたが、働けど、働けど生活はいっこうに楽になりませんでした。
「もう貧乏にはこりごりだ。どうしてこんなに貧乏なんだろう。酒も飲みたいし、お前にきものも買ってやりたい。たまには町にも行きたい。」
「そんなこと言っても仕方がないわ。とにかく働きましょう。」
夫婦は村一番の働き者でしたが、貧乏です。朝から晩まで畑で働いて、家ではわらぐつやかごをあんでいました。
ある大晦日のこと、神棚の前で妻が言いました。
「神様、今年はわずかですがお金がたまり、お餅を作ることができました。」
その時、屋根裏で泣き声がしました。
「そこで泣いているのは誰だ。」
屋根裏から顔を出したのは貧乏神でした。
「そうか、お前がいるから俺たちは貧乏なんだ。でもどうして泣いているんだ。」
「今年はお前たちが一生懸命働いたから、私はもうこの家にはいられない。まもなく福の神がやってくることになっている。」
「それじゃ、追い返してここにいればいいじゃないですか。」
「でも腹が減って、力がでない。」
「元気をお出し! この餅とさかなをたらふく食べなさい。」と妻が励ましました。
「うわ、こんなにおいしい物は初めてです。もっと食べていいですか。」
食べて、食べて、貧乏神は元気が体にみなぎり、福の神を追い出す勇気も出てきました。相撲取りのようにしこを踏みました。
さて、福の神がゆっくりと家の前までやってきました。
「おお、この家だ。」そして入り口をたたき、
「われこそ、福の神じゃ。この家に福を与えにやってきた。貧乏神はさっさと立ち去りたまえ。」
「いやじゃ。この家からは一歩も離れないぞ。この家のあるじが福の神は追い返せと言ってくれた。」
「貧乏神、福の神に負けるな。がんばれ。」と妻が声援すると、
「一体どうなっているんだ。貧乏神の味方をするとは。」
貧乏神は福の神を飛び掛ると外に投げ出しました。
「こんな家には二度と来てやらないぞ。」
福の神はあわてて行ってしまいましたが、「打ちでの小槌」を忘れていきました。
「おや、これは打ちでの小槌じゃ。これがなければ、福の神はもう福の神ではない。これがあれば、もう貧乏神ではない。われこそ福の神じゃ。」と貧乏神、いや新しい福の神は言いました。
「これは、打ちでの小槌というものです。望みをかなえてくれます。何か欲しいものはありませんか。」
二人は顔を見合わせ、欲しいものは米俵ときれいなきものと少しのお金です。
「われは今日より福の神。」と言って望みをかなえてやると屋根裏に戻っていきました。
二人はその後も一生懸命働いて末永く幸せに過ごしました。
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